「頑張った人が報われる社会」って何??

「頑張った人が報われる社会」・・・90年代の終わりからネットバブルの頃によく言われた、
マザーズ等、株式の新興市場が生まれベンチャーブームの時に云われた言葉です。
逆に、この頃から格差社会が問題に成り。「勝ち組」「負け組み」など共云われました。
つまり「勝ち組」イコール「頑張った人」と言う事で、
彼らは莫大な株式の売却益を得て金持ちに成り、それ以降M&Aなど一時期話題をなりました。
ライブドアの堀江、グッドウィルグループの折口、村上ファンドの村上等が時代の寵児と云われました。
さてさて・・・彼らは「頑張った人」なんでしょうか?
確かに自ら興した事業で成功を収めた・・・それは間違いないです。
しかし、その後彼らは刑事被告人となりました。その罪はそれぞれですが・・・
今日はその犯罪について云々する気はありません。
問題は「頑張った人」と云う定義と、それによって「報われる」と言う言葉の定義です。
確かに彼らも創業当時は相当頑張ったんでしょう。
出なければ事業を上場等させる事は、いくら機運が合ったと云え無理です。
そう言う意味で「報われる」事は当然かと思います。
彼らはベンチャー創業者として報われた、それだけの事です。
ただ彼らをモデルとして
「頑張った人が報われる社会」と云うのが語られるのは明らかに間違いです。
ここから「頑張った」が、事業を興し成功し、それを梃子に様々なM&A等を繰り返し、
拡大路線を突っ走る・・・その時点では、はっきり云って「迷惑な人」となっている。
ある番組で日本振興銀行の木村剛氏が、堀江へのバッシングを受けて、
「こんな事をすると日本から頑張る若者が居なくなる!」と強く言っていたのを覚えているが、
この木村も捕まった。。。
彼らは、どうも「頑張る」と「迷惑を掛ける」を同義で理解していたのでは無いかと思う。
「頑張る」とは決して合法違法に関わらず「迷惑を掛ける」事ではないし、
「報われる」とは高級外車を乗って、毎夜バカタレント呼んでパーティーで騒ぐ事では無い。
この何年間の間、日本は「頑張った人が報われる社会」と言う普通の言葉の解釈を皆が間違えていたと言える。
「頑張る」とは他社の役に立つ仕事を一生懸命行う事で、
「報われる」とは、その仕事の内容に関わらず、その仕事で食べていき、家庭を持ち、
人から感謝される事だと思う。
最近の若い人たち中で、この「頑張る」と「報われる」と言う意味を
悲しくも正当に理解せず、「迷惑をかける」事にためらいを持たない人が居るのが目立つ。
いや「若い」人たちだけでは無い、
ビジネスには、ある程度「迷惑をかける」と言う事は必然的であると考える人が社会全体で、
増殖しているような気がする。
それは大企業の経営者にも目立つ・・・
リーマンショックの時の派遣切り。下請けいじめ・・・
おそらく経営を「頑張る」事を実行されたのだろうが、
明らかに「迷惑」を社会に掛けた、その大元を言えばリーマンブラザーズのCEOだし、
サブプライムローンを切り刻んで世界中に撒き散らした金融関係者もそうである。
決して「頑張る」事は「迷惑を掛ける」とは同次元では無いし、
「迷惑」を掛けた事を「頑張る」で免罪される事は無い。
・・・たぶん原発もそうなのでしょう。
この数日、これだけの「迷惑」を原発の「頑張り」にすり替えようとする論調が、
マスメディアあたりから出て来てるのが気になる。
マーケティングプロデューサー
原テルキ










